詩吟は、人とつながることができる

2015.05.23

人との出会い

詩吟をやっていてよかったなー、と感じる理由の一つに、普段の生活だけでは決して出会うことのないような人に出会えるということ、というのがあります。

いい意味で友だちにも職場にもいなかったようなタイプの方との出会いがある。

年齢も職業も様々な方がいる。とりわけ共通項がやっぱり詩吟なので、歴史や文学の話もできる。そうでなくても、詩吟をやろうという人とは、何か通ずるものがある。

こうして今までにない仲間意識のようなものが働いて、未知なる未来にワクワクドキドキするのもまた詩吟の愉しみです。

詩吟が出てくる漫画

手塚治虫の幕末を舞台にした漫画『陽だまりの樹』(めちゃくちゃ面白いのでオススメ)では、主人公の実直な武士・万二郎が、水戸藩士・藤田東湖の漢詩を、一目も憚らず酒場で大声で吟じて、人間関係を築いていきます。

藤田東湖の漢詩それ自体が尊王攘夷思想を鼓舞するものであるのですが、それ以上に、「詩吟かよ!?」と相手を驚嘆させる。

歌が上手い下手ではない。吟じる詩の内容と、大きな声で人前で声を出すということが、何はともあれ感動的で、人の心を動かすのではないか、と思いました。

詩吟を知らない人の前で吟じる

ある50代男性の生徒さんからメールがありました。

昨日、「春日の作」を吟じてきました。(中略)大学の同級生8名の集まりでした。

学生時代は怖いものがなかった我々も、30年経った今では、仕事、家族、健康、髪の毛など、皆、何かしら挫折や悩みを抱えていて、そんな話で盛り上がりながら、ブルガリアワインをしこたま飲みました。

その終盤に吟じたわけですが、私は、春日の作は、吉宗時代になって更迭された新井白石が、色彩豊かな春の日や葡萄酒に、自分の過去の短かった輝かしい日々を重ね合わせたものではないかと最近考えているので、そんな気持ちを込めて吟じました。

イタリアンのテーブル席で、他のお客さんもいたので静かに吟じましたが、我ながら哀調を帯びた吟ができたようで、終わったとき、一瞬の間のあと、みんな大きな拍手をしてくれました。

意外なことに、他のお客さんたちからも拍手をいただき、店のオーナーから「アンコールどうですか」と言ってもらえるほどでした(さすがに遠慮するだけの理性は残っていました)。こんなとき、詩吟を習って本当に良かったと思えますね。

「春日の作」というのは、江戸時代の学者であり官僚でもあった新井白石の晩年の漢詩です。その内容は、”金らいの美酒 葡萄の緑 青春に酔わずんば 愁いを解かざらん(美味しいワインでも飲んで酔わなければ、愁は吹き飛んでくれないだろう)” というものです。

これを吟じたその生徒さんがこの詩に心を寄せて、それを吟ずる。彼の詩吟は、いわゆる超絶美声とかそういった類いのものではありません。しかし、詩吟を知らない、たまたま周りに居合わせた人までもを巻き込む魅力があった。

人とつながることができる

これはいったいどういうことなのか?

この問いは、「詩吟とはいったい何なのか?」という問いにもつながります。

詩吟という行為には、「人とつながることができる」という、原始的な喜びがあるのかもしれません。

関連リンク

『詩吟女子〜センター街の真ん中で名詩を吟じる』(amazon)